東京地方裁判所 昭和43年(ワ)1632号 判決 1969年7月29日
原告 無藤圭一
右訴訟代理人弁護士 市来政徳
同 日下部長作
被告 泉田一
右訴訟代理人弁護士 安藤一二夫
同 小山明敏
同 中井秀之
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
原告は「被告は原告に対し別紙目録記載の土地のうち別紙図面に斜線をもって表示した部分一九五、三六坪の土地(五八六・〇八平方米以下本件土地という。)の上に存する別紙目録記載の建物を収去して右土地を明渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。
第二、本訴請求の原因
(一) 原告の父亡無藤好太郎は昭和二五年四月二七日訴外中村一郎からその所有に係る別紙目録記載の土地を賃借し、昭和二六年五月二四日右好太郎の死亡により原告は右賃借権を相続した。
(二) しかるに、被告は無権原にて昭和三六年七月二四日以来別紙目録記載の土地のうち本件土地上に別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)を所有して本件土地を占有している。
(三) ところが、前記中村一郎は被告に対し所有権に基き明渡請求権を行使しないから原告は右賃借権を保全するため右中村に代位して被告に対し本件建物を収去し本件土地の明渡を求める。
≪以下事実省略≫
理由
一、本訴請求原因事実は被告の本件土地占有権原の存否について争いあるほか、当事者間に争いがない。
二、よって、被告の本件土地占有権原について判断する。
本件土地は訴外木寺唯一郎において昭和二六年五月一日原告の先代無藤好太郎から転借し、昭和三二年三月八日以来地上に本件建物を建築所有していたところ、昭和三四年九月二〇日本件建物について任意競売の申立がなされ、被告は昭和三五年六月九日代金二三〇万円を支払って競落し本件建物の所有者となったことは当事者間に争いがない。しからば、被告は競落により本件土地についての転借権をも取得したものとみるべきである。
三、そこで進んで、右転借権の取得をもって本件土地所有者(賃貸人)ないし、転貸人に対抗できるかどうかについて次に検討する。
(一) 被告は訴外木寺は前記転借権取得に際し多額の権利金を支払っているから転借権の譲渡についても事前の承諾を得ていたものであるという。
しかしながら、≪証拠省略≫を綜合すれば、本件土地上の樹木・井戸岩石等の代金および土地整地料として金一七五、〇〇〇円を訴外木寺が原告の先代無藤好一郎に本件土地転借に際して支払ったことが認められるけれども、他に、権利金を土地所有者には勿論右好一郎にも支払った事実を認めるべき証拠はない。しかして、右土地整地料もいわゆる権利金とみるべきものではない(乙第一一号証の一中権利金払明細書との記載は右認定の事実に徴し証拠とするには足らない。)から、他に事前の承諾を得たことを認めしめる資料のない本件においては、被告の主張は採用することはできない。
(二) 次に被告は原告および訴外中村から前記競落後承諾を得たと主張する。しかしながら、右主張に副う被告本人尋問の結果は証人黒笹幾雄、同中村一郎の各証言に照らし採用しがたく、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。
(三) 次に被告は訴外木寺との転貸借契約が解除されていないから賃貸人は無断譲受人に対し明渡を請求することはできないという。しかしながら賃借権(或いは転借権)の譲渡が賃貸人(或いは転貸人)に対抗することができない以上賃貸借(或いは転貸借)を解除することがなくとも譲受賃借人(或いは転借人)の占有は不法のものと解するのが相当であるから、まず、被告の転借権譲受が背信行為と認むべき特段の事情がある(この場合は賃貸人ないし転貸人に転借権譲受をもって対抗することができる。)との被告の主張について判断する。
そこで、訴外木寺が本件土地を転借し、被告が本件土地上の建物を競落するに至った経緯について検討するに
1、≪証拠省略≫に前認定の事実を綜合すると
原告の先代亡好太郎と訴外木寺とは同業の染物業者で、右木寺は右好太郎から本件土地に近接する同人所有の新宿区上落合一丁目三八五番宅地の一部五〇坪を賃借居住していたが、後に右好太郎は訴外中村一郎の先代から別紙目録記載の土地を賃借してその一部(他は他に転貸)である本件土地を右木寺に転貸提供して自己所有地の返還を受け右木寺は本件地上に本件建物を建築した。そして、当時本件土地は中心に池があり荒地で右好太郎に費用を立替えて貰って整地し、その整地料が前認定のように金一七五、〇〇〇円で右木寺はこれを分割し右好太郎に賃料とともに支払ってきた。
以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。
2、≪証拠省略≫によれば、
訴外木寺は本件土地賃借後家業不振となり昭和三四年四月一〇日本件建物を訴外津久井己美に前家貸として金四〇万円の支払を受けて賃貸した。ところで、その頃被告は右津久井に貸金を有していたのであるが、当時在京中の兄弟や上京予定の従兄弟と一緒に居住するため右貸金の回収の意図も含めて、同年四月二五日右津久井から本件建物を転借し、右貸金をもって昭和三七年七月二五日までの全期間の家賃を相殺し本件建物に居住するに至った。しかるところ、昭和三四年九月三日訴外池袋信用金庫から本件建物について任意競売の申立がなされ、競売実施されるに至ったので、被告は自己の居住を確保するため前記のとおり競落したものであること、被告は松山に在住する弁護士の子で石油販売を業とするもので(原告の主張するように)暴力団といわれる松葉会に所属ないし関係を有するものではないこと。
以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
3 ≪証拠省略≫によれば、被告は本件建物競落後直ちに原告の先代好太郎方を訪れ本件土地賃借権譲受について承諾を求めて交渉し、その後も右好太郎およびその代理人である黒笹幾雄とも交渉し本件土地の所有者が訴外中村一郎であることが判明した後は同人とも交渉を重ねており、土地所有者中村は原告との話合いがつけば承諾を与える意向を示しており、右黒笹も原告の意向として承認料次第によっては譲受けを承諾しないでもないという趣旨のことを伝えていることが認められ、右認定を左右できる証拠はない。
以上認定の事実によれば、原告の先代は、本件土地を右木寺に転貸する目的で訴外中村一郎から賃借し、これを訴外木寺唯一郎に転貸して整地させ転貸料を収取してきたのであり、被告は本件土地上の本件建物を居住用を目的として競落し(現にその用途に供している。)たのであって、被告の本件建物取得の前後を通じてその間本件土地の使用方法において原告ないし訴外中村一郎の不利とみるべき差異はなく、原告の先代ないし原告として格別不誠実な人柄というべきほどのことのない被告が転借人となったからといって転貸料収取に困難を来すべき事情が右木寺に比しては勿論一般の場合より高いとは考えられない。してみれば訴外中村一郎についてはさておいても、原告に関する限り被告の転借権の取得を否認することはできないものと解するのが相当である。したがってまた原告は賃貸人である中村一郎に代位して被告を無権原占有者として明渡請求をすることは許されないというべきである。
四、しからばその余の争点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないから失当として棄却し、民事訴訟法第八九条により主文のとおり判決する。
(裁判官 綿引末男)
<以下省略>